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Posts Tagged ‘磯子’


『自分デザインのAurexレコードプレーヤーを入手』


   


     3月 7th, 2019  Posted 12:00 AM



LPレコードプレーヤー、自分のデザインをとうとう入手しました。
今まではレコードプレーヤーも、B&Oを使っていました。
Aurexのシリーズで探していたレコードプレーヤーはこれだけです。
自分で川口工場に出向き、それを3台抱えて磯子に戻った経験があります。
とても大土砂降りでしたが「これで最高が出来る!」と今も思い出です。
私はおそらく、これ以上のプレーヤーは絶対に無いと思っています。
レコードプレーヤは周波数を感じ取りますから、揺れたら最悪です。
絶対に重いこと、が最低の条件でした。
さらに、ターンテーブルは東芝仕様のゴムではなく、スチール系と
ナガオカで私が手掛けたガラス板が最高だと思っています。
ターンテーブルのゴムは早々に処分です。
そして、ナガオカのレコード針と組み合わせます。
ナガオカのレコード針 MPシリーズはMP-300以上から、
「カンチレバーがボロン仕様」になっているので最高です。
実は待ちきれず、購入してしまったレコードプレーヤー類は大失敗でした。
そしてやっと通電可能なモノをオークションで手に入れました。
もはやインシュレータはボロボロなので、
二つのメーカーから選ぼうと思っています。
ともかく、70歳になって、私のレコードプレーヤーが手に入りました。


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『インダストリアル・グラフィックという私も不明』


   


     1月 25th, 2019  Posted 12:00 AM



入門用のプリメインアンプとチューナーです。
プレゼ用にチューナーのデザインを終え一息、
秋葉原にいつものチューナーのコーナーに行ったら
P社の新製品を一足先に見かけました。
<やばいっ、今のじゃだめだ・・・!>
大急ぎで秋葉原から横浜そして磯子のデザイン室に戻りました。
電車内で、どうしよう、新しいデザインは?と自問自答していました。
そこで考えたのは本体へのグラフィック表現、
つまり、ともかく「インダストリアルグラフィック」と呼びました。
本体上面に、背面のコード結線と
実装中身をグラフィックとして表示、表現しました。
そして、新規メーターの前面パネルです。
チューナーには当時、メーター表現はなかったんです。
このインダストリアルグラフィックとメーターパネルの、
とてつも無いデザインを思いつきました。
翌日がプレゼで、チーフだけが味方でした。
「インダストリアルグラフィック」っていうのを定義しましたが、
自分でもよくわからないまま勢いで説明し、論破を狙いました。
「CADIS」ではなくて、「CANDIS」にならないかとか、
チーフと一緒に考えました。
私には「絶対に売れる」、という自信がどういうわけかありました。
この入門用が、後のAurexを位置づけました。
そして、プリメインアンプとチューナーは業界でヒットしました。


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『ゴジラというアンプ思想はアンプジラ2000に継承』


   


     9月 16th, 2015  Posted 12:00 AM



このところオーディオマニアで話題になっていることです。
GODZiLLAというパワーアンプの話です。
私が東芝で結局最後の仕事になってしまったSZ-1000という
エレクトレットコンデンサーカートリッジの
イコライザーアンプに直結した話にもどります。
理由は、私はオーディオの世界で社会人デザイナーになり、
おそらくありとあらゆるオーディオ機器は聴いたと断言できます。
正直、当時のアンプで,今も定評があるアンプは
私にはさほど大したことはありませんでした。
ある日、このイコライザーアンプはプリアンプなので、
パワーアンプを探していました。
そんな時、どこからか板金そのままで荒々しい、
とても商品とは言えないアンプが来ました。
一台は完全に分解されていましたが、
この時期にはトロイダルコイルの開発で国内メーカを、
探していました。電源部はトロイダルの話が蔓延していました。
それ以上に、荒々しいレタリングで素人が書き殴った
GODZiLLA:ゴジラは、日本の怪獣映画で、
パワー最大という印象がありました。
そのレタリングがシルク印刷されていてそれも焼き付けされていない程。
これはとても商品では無いと思いました。
当時この評価記事があったらしいのですがあり得ないと思っています。
なぜならこのアンプと鳴らすべきスピーカーシステムはJBLから独立して、
レッドツェペリンの後押しでできたメーカーで2名がAurex提携で来日。
私は磯子の音響工場で彼らと話して,彼らから来ないかと誘われました。
私はこのメーカーに企業留学を決めて交渉をしていました。
彼らから、このスピーカーシステムはJBLを超えるが、
それにはこのゴジラしかないと言われていました。
無論、このゴジラのアンプはアンプジラでした。
このスピーカーシステムを知っている人はまだ出会っていません。
しかし、ゴジラもアンプジラも製造物責任法が丁度できたのに、
使用者納得であり、製造物責任は今も放棄しないと使えません。
それは、このアンプで感電したり、
スピーカーシステムが破壊されたりしても「使う」ということです。
そして、ジェームズ・ボンジョルノの存在を知りました。
私は、SZ-1000は必ずこのアンプを繋いでならしていましたが、
表向きにはAurexのパワーアンプでした。
アンプジラ2000はようやく大阪に行ってから手にいれました。
しかし、そのためには整流器が当然必要であり、
電源コードもメディカルコードでなければなりませんし、
このアンプの下も本当は金素材ですが、
私はインド産の石材を使っています。
アンプジラ2000はジェームズ・ボンジョルノの最後の作品です。
彼はもう逝きました。


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『アナログの極致=レコード再生のカートリッジ』


   


     9月 23rd, 2014  Posted 12:00 AM



私がジュエルトーンで心血を注いでデザイン懸命だった一つは、
カートリッジのデザイン設計でした。
音響はまず、レコード盤から音を検出して、この入り口で音が決定。
しかもこの小さな機器は高額なモノですから、輸出には最適です。
さらに、この設計では新素材とダイヤモンドが駆使されて、しかも、
最も大事なことはコイルの巻き方に依存することになります。
私はおそらく世界で商品化されているカートリッジは
すべて聴いてきたと思っています。
東芝の試聴室は総研(現中央研究所)と磯子の音響工場内には
すべてのカートリッジや名作のスピーカーと新作機器がいつでも
自由にレコード盤を聴いていました。
ある時期からレコード企業から私宛に試聴盤が届くまでになり、
試聴盤いっぱいで買ったことがありませんでした。
車イスになって、オーディオを廃業にしようとさえ考えていた私を
当時まだ勢いのあったナガオカの試聴室によばれて音を聴きました。
「川崎さん、もどって来ないか?」ということで、
私は赤坂にナガオカがパトローネになってもらって、復帰しました。
ナガオカの経営陣と喧嘩をして別れることで体も壊して、
ふるさとに戻ったのですが、ジュエルトーンでのカートリッジは、
今もナガオカが復活して未だにとても高額なままに売られています。
デザインはまったく変わっていません。パッケージは当時、
厚肉成型のままに、音楽ジャンル毎にカートリッジ変更が可能です。
一度、私の作品として買おうと思っていましたが、
全てはとても高額になりますが、すべて揃えて置きたい気持ちです。
カートリッジにはマニアには神話がそれぞれにありますが、
なんといっても、カートリッジ、リード線、シェルそれぞれに対して
私はやはり振動と針先への問題解決をしていますから、
デザインとしてはとても自信作だと今でも自負しています。
このカートリッジ、リード線、シェルについて書き残すつもりです。
今でもオーディオ機器は売られていることを考えると、
私はとても素晴らしい領域から、デザイナーになれたと幸運でした。


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「インプリンティングされている私の「定食」」


   


     6月 26th, 2012  Posted 12:00 AM



全く自慢出来ませんが、
食べ物の「好き嫌い」について私はダントツです。
トマト、あれは人間が食べる物ではありません。
動物の餌ですって、断言できます。
そして、極めて好きな食べ物は偏食しています。
カレーライス・焼きめし・カツ丼・スパゲッティ・オムライス、
そしてハンバーグ・焼きそばです。
これが私の定食として十分だと言ってもいいでしょう。
ICD=埋込み除細動器を入れてからですが、
甲殻類アレルギーになり、蟹は食べられません。
が、薬で防備して食べられることを昨年発見しました。
駅弁といえば、これもインプリンティングされたのでしょう。
崎陽軒のシウマイ弁当で十分です。
これは、美大卒後、インハウスデザイナーになって、
駐在していた磯子の音響工場(現・東芝生産技術センター)から、
当時は銀座の阪急ビル7Fの意匠部(現・デザインセンター)へ
横浜駅から、
あえて横須賀線の一等車(無賃乗車でも絶対見つからない)で、
昼食として大好きになった弁当でした。
だから、今もなつかしく新幹線で必ず食べるのです。
しかし、この弁当は確実に時代の経済状況が反映しています。
つまり、シウマイの大きさやその他のおかずも、
絶対に変化していると思います。
それでも大好きです。
ふるさと福井から帰阪するときは、必ず、「ソースカツ丼」です。
最近は、ワイフから炭水化物を制限されています。
食べ物の「好き嫌い」は絶対に直すつもりはありません。
無論、フレンチもイタリアンも中華もそれなりに極上品には、
食欲はそそられますが、
私のインプリンティングされた私の「定食」でもう十分です。


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「企画は必ず具現化すること」


   


     1月 23rd, 2012  Posted 12:00 AM


Aurex時代、これはほとんど私の東芝時代です。
東芝本社で企画を通すことは本当に大変でした。
しかし、上司に恵まれていて、
「これ、やりたい」と言えばディテールまで忠告を受けたり、
「絶対に実現したい!」というわがままを包んでもらいました。
ただし、やるべき業務以上の義務は果たすこと、でした。
第一家庭電器のDAMはそういう意味では、
東芝より自由に私のアイディアを実現してもらいました。
「45回転LP 」を実現したい、
そのためには、レコーディングプロセスを詳細にLP化すること、
このようなアイディアも実現できました。
午前中は磯子の音響工場のデザインルームでスケッチを描き、
昼からはほとんど東芝EMIのミキサールームに入り浸り、
そうしてミキシング技術を教わりました。
そしてジャケットデザインを赤・緑で構成。
これはやがて村上春樹著「ノルウェイの森」の装丁と同様でした。
私の具体化が先んじていたと今頃になっても言っておきたいことです。
このトラックダウンは、回転数は45回転、厚盤仕様、
そして詳細にそれぞれのトラック毎のミキシングを乗せていくことで、
レコード再現のHi-Fi性能のチェックがきめ細かく出来ました。
DAMは顧客サービスとして
おそらく2000枚近くをメンバーに配布していました。
「マニアを追い越せ!大作戦」というタイトルが必ずつけられていました。
45回転で超厚盤は、
カラヤンやアリスからも
訴えられる寸前までいくほどLPプレスが完璧でした。
だからDAMのレコードシリーズだけは、今も持っています。
その45回転LPこそマニアにはたまらない音質チェック、
そんな思いが東芝より第一家庭電器で実現していました。
こうしたシリーズは実際、10000枚以上も配布されていました。
だから、やがてこのアイディアは、東芝もやらざるをえなくなるのです。
ともかく、「思いついたことの実現」に無我夢中でした。


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