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Posts Tagged ‘福井’


『やがて新しい「空気」が商材になるかも知れません』


   


     5月 17th, 2020  Posted 4:48 PM



自宅の周辺に、様々ないわゆるタワーマンションが
出来はじめています。
12年前には、この一棟だけだったのです。
それこそ浪人時代には「医学部志望」だったのですが、
福井には予備校がなく大阪に下宿して、今の住まいに
ほど近い予備校の国公立医進コースに通っていました。
そこから突然、私は美大を目指したのでした。
ここ数日は、「新型コロナウイルス」対応で、
大阪モデルという大阪府知事の明快な主張から、
かろうじてまだ景色に入っている通天閣のライトアップを
府民として見守っていました。
グリーンのライトアップを確認しました。
今では「水」をペットボトルで、というのは当たり前です。
何しろ世界の13カ国だけが「水道」を飲料水として利用できます。
今後は「空気」がやがては商材になるのかもしれません。
マスクなしで、ウイルスあるいは有害物質などに
汚染されていない空気を吸うモノあるいは
装着するウェアラブルな何かが必要となるのかもしれません。
おそらくペスト:黒死病の歴史性と合わせれば、商業には、
フルフェイスシールド、これまでが変わっていくでしょう。
そんな志を持って、最大限のデザイン活動をしています。
現在では、メガネ産地が何も知らないので出来ません。
それこそ、新しいブランドで、「素材」を全く異なっています。


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『ラフ・レンダリングでの久々のデザイン』


   


     5月 4th, 2020  Posted 4:21 PM



デザイン界は「何」を焦点にすればいいのでしょうか。
私は、「医療崩壊」は起こり、「放送」も、
「学校」も、「エンターテイメント」も、
起こりつつあるのだと認識をし、すべてが変容、変化
そして変革を求めらている今、
もう「一般用」、プロとしてすべきことに取り組んでいます。
ここ23年間も、ほとんどスケッチで指示し、
図面化してチェックするというやり方だったのですが、
ラフ・レンダリングを書き上げました。
それを、まずは元スタッフに送付して
スピード感をもって詰めていきました。
私は福井県出身なので、鯖江や福井の産地とともに、
その手伝いをと勢いづいていましたが、
優先順位として、何も考えていない事でまとまらず、
長年信頼を置いているモデル企業に投げかけました。
即座に動きがありました。他ブランドで無償はしません。
私のスケッチからは再度、もう一度「素材」を考えて、
「ポリカーボネイトの抗体」と「ポリアセテート=ジュラコン®」での
ラフ・レンダリングを描きました。
そして、気がついたのは、大学人として、
コンピュータによるデジタル化に重きを置いて、私の経験は、
「マーカー」と「マジック」の使い方は教えてなかったことでした。
最近では、「デザイン」しかも「工業デザイン」を
基本能力も無く、専門的な著作も読まずに、
表層的に目指してくるので、やっかいな連中なのです。
それらとは一線を画しておきたいのです。


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『2Dから3Dへの視線は動線になる』


   


     2月 10th, 2020  Posted 2:00 AM



眼球は唯一、一部むき出しの臓器です。
目で見る、視る、観る、覧るといったその生理と機能があります。
絵画の瞳は、2次元で表現されていますが、
レオナルド・ダ・ビンチは、解剖の経験を絵画にまで持ち込みました。
モナリザの視線は、追いかけてきます、
モナリザは、どこから見ても視線が合うのです。
視線が合うダ・ビンチの絵画は2次元から3次元の表現となり、
それは彼の功績です。
したがって、液晶TVでも2Dと3Dが間違っているのがあります。
遠景がはっきりと見えるのは、大きな誤りです。
以前、私は依頼があっった選挙用のポスター撮影に立ち会った時、
鏡に視線を送って撮影し、視線が合うつまり3次元の表現を作りました。
鏡の像を反転したポスターで、
どこからでも見つめる視線を持つ選挙用ポスターの完成です。
そして目で見る、映像のモニターとその画づくりはもちろん、
長年、私はメガネをデザインしてきました。
メガネの由来はいろんな話がありますけど、
「目の差し金」だと言っています。
そもそも依頼された企業には、
皆アイバンクに登録することから
デザインに取りかかりたいと言いました。
有難いことに、私はダ・ビンチのように解剖を経験でき、
私は目周辺の筋肉、血筋、リンパ線を知っています。
そろそろ、こういった目のメガネへの知識と知恵を
めがね産地の福井と鯖江のデザイナーに
全てを受け渡したいと思っています。


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staffblog 12月11日


   


     12月 21st, 2019  Posted 1:41 AM

12月11日


タケフナイフビレッジの親方と女性スタッフと年末のご挨拶。
福井のおいしいお土産をたくさん持ってきてくださいました。
1982年、越前打刃物の職人さん達と統一ブランドタケフナイフビレッジ
となり37年・・。いい時間を積み重ねて世代交代を迎えようとしています。



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staffblog 10月30日


   


     12月 21st, 2019  Posted 12:45 AM

10月30日


鯖江市で17年BOSSが指導したSSIDの担当もしてもらった関本さん来訪。
ふるさとのために、もうひと踏ん張り。福井愛のボス。


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『金沢の「棒茶」がとてもいい』


   


     11月 19th, 2019  Posted 12:00 AM



私はコーヒー、紅茶より、緑茶が自分にはあっています。
金沢美大に入った頃、下宿屋さんから通っていましたが
母への最初の電話は「何か、金沢のお茶はちょっと違うよ」でした。
金沢のお茶は、「棒茶」といういわば、
茎ばかりなので茎茶という緑茶の一種。
「今度帰るときに持って帰る」と、すっかりはまりました。
これまでのほうじ茶より格段に香りも良い「加賀棒茶」でした。
北陸と言っても、福井と金沢には味も方言も、
もちろん気質も違っていました。
さて、北陸新幹線の影響でいいことも多いのですが、
残念な面ではお土産物商品化したり、
観光客目当ての値上げが目に余ります。
それを考えると金沢や富山の街の整備や賑わいはありますが
福井に北陸新幹線は来て欲しくありません。
でも、変わらずしっかりと味わいそのままに「棒茶」は最高です。
だから、コーヒーより、私は「棒茶」が上手いと考えています。


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『とても高額だから素材・仕上げ・使用と利用が出来る』


   


     11月 8th, 2019  Posted 12:00 AM



先般の「商品発表会」に、作家・政治家 田中康夫氏が来場してくれました。
その時に、様々な著作類をいただきました。
それで、私はブランドを知ったきっかけを思いだしたのです。
『33年後のなんとなく、クリスタル』は一躍、
旋風を巻き起こした『なんとなく、クリスタル』の続編。
『もとクリ』と『いまクリ』としてコメントや評価を受けるらしいのです。
『もとクリ』の頃、1980年代には、私は、福井を拠点として、
東京での定宿は東京プリンスホテルで、泊まる、会議、面談、食事会と
滞在中はホテルの中を転々とする出張を
20年余り続けていた頃がありました。
その地下には、ファッションのフロア、
西武PISAのとってもラグジュアリーな店舗ばかりでした。
ある時、Tシャツを買いにいきました。
3000円だと思って支払いをしたら、
実際は3万円で、とてもビックリしました。
それがランバン、ミッソーニやマーロ、それからエルメスでした。
一流品の余りの高額さで驚嘆しながらも、
素材や仕上げ、そして商品力を学びました。
そのエルメスの店員さんとは同い年で、
「絶対にこれは借金してでも買いなさい」とか、
「これはもう出ないから」と薦められました。
銀座、丸の内と店舗を移動されてもお付き合いは続き、
今は定年をむかえられましたが今も付き合っています。
そのおかげで、
生地、素材、ついつい最高のモノから手に取ってしまうのです。


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『手書きにこだわる「東京人」・12月号』


   


     11月 1st, 2019  Posted 12:00 AM



文房具がとっても人気なんでしょうか。
私の約100本万年筆のコレクション(もうやめようかと・・・)、
モノへの執着は伝わっているのでしょうか。
まさしく偏愛文具からの様子が、
愛すべきキャラクターが見えて、楽しい号の「東京人」です。
それこそ、久しぶりにライターの高瀬文人氏は、
私の「商品展示会」にも来てくれましたので、
恰幅のいい彼も十分にしなやかに受けとめた
厚さ1mmを波形5mmのカーボンファイバーの椅子も載せてもらいました。
インタビュー取材はデザインを生み出す発想、表現、伝達で、
脳の「起電力」を掴み取る話を一気にしました。
これも学生時代に、散々鍛えられたデッサンやスケッチ、
それだけではなくデザインストロークの訓練からの覚醒です。
そして、私は手を大切にしていますから、目に見える一番の道具である、
「手」の手入れも余念なく、普段は手袋で保護しているくらいなのです。
昨日は鯖江市から来客もあり、
私が伝えられるような考えや技はつまびらかに
モノづくりに関わる後輩たちに伝えたいとセミナー開催を予定しました。
そろそろ、とくに鯖江や福井の眼鏡の専門家に、
生理学的にも網膜が丸いことや神経細胞を解剖学などまで、
全く知らないマスコミから、私の実務、実践的デザインを話します。
ちょうど、高瀬氏は、次には「宇宙」をとりあげたいというので、
最初の日本人宇宙関連のいとこを紹介しました。
やはり本物の話、実務者から話を聞くべきだと彼にも伝えました。


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『青春は東京で、この秋には久しぶりに商品発表をします』


   


     8月 20th, 2019  Posted 12:00 AM



1980年12月8日、東京での私の青春は終わったのです。
ジョン・レノンが暗殺された日でした。
当時は、赤坂でデザイン事務所をやっていました。
父から福井に帰って来なさい{青春が終わった」と言われました。
大きなクライアントは「ナガオカ」であり、
新たな商品デザインを手掛けていました。
「ジュエルトーン」での商品アイテムを任されていました。
その「ナガオカ」は来年創立80年になります。
今でも私が当時デザインしたカートリッジが現行商品であり、
山形県東根市の「ふるさと納税 返礼品」になっています。
あれほど徹底的にこだわったカートリッジ仕様と
それもボロン素材はすでに世界的にもありません。
今年は5月の連休と今回の「お盆」休暇がありました。
自宅からは、大阪での花火大会がよーく見えます。
今は鑑賞したり相変わらずYouTubeで、特に、最も得意だった微分積分、
拳銃の歴史性、狩猟と解体、Do It Yourself などを堪能しました。
そして9月に入ったら久々の商品発表会これには「新たな提案」をします。
2020年創業70年を迎えるメーカーから新製品=新素材を出します。
そのメーカーのC.I.は70周年で、私がその全てをやっています。


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『古代希なり・70歳です』


   


     2月 26th, 2019  Posted 12:00 AM



私が2月26日、ワイフも2月生まれを祝いに、
2月14日に、日本でも有名なシェフのお店に初めて行きました。
いつも、国際的には日本代表となるシェフのお店です。
以前から紹介されながらも、行けずにいました。
去年は4度も入院・退院、医療制度をかなり見ました。
安定しない健康と、あたえられた仕事への責任との
バランスをとるのに、力戦奮闘した1年でした。
ゆえに、それが明けた今年は、
感謝と更なる景気づけにと徹底的なこだわりを元に
腕のあるシェフのお店しか思い浮かびませんでした。
さて、私は古希・70歳です。
40歳までと言われながら、「ここまで生きてきた」のです。
41歳で毎日デザイン賞をいただき、バブルの頃には、
クパチーノで、Apple 社のコンサルタントをやっていました。
モノづくりの知識を網羅し、
国内の産地や、企業との産業と文化の仕事で、研鑽を重ね、
大学での研究では、生命や環境や平和といったデザインで解決をめざす
広範な領域まで手掛けました。
今年は、「古希・70歳」を年賀に気持ちを強くしたためました。
47歳で亡くなった母には「がん」という病名も余命も伝えなかったのですが
私への遺言書に「世界一のデザイナーになって」と書いてありました。
大学卒業後、ふるさと福井にでも戻ろうと考えていた私は、
そこから心を新たにし、母の遺言に、何としても応えたく、
毎日母への恩返しを誓いました。
「古代希なり」の70歳です。


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