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Posts Tagged ‘見識’


05月09日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 9th, 2017  Posted 12:00 AM

05月09日 大安(丙申)


認識を見識化する手法は
スケッチである。
それが創造力を
根本で鍛えることになる。



川崎和男の発想表現手法


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05月08日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 8th, 2017  Posted 12:00 AM

05月08日 仏滅(乙未)


想像は妄想を産み出す。
妄想から「非現実化」する
その能力は、
ひたすら、スケッチ化できる
認識という見識が必要だ。



川崎和男の発想表現手法


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『前頭葉より側頭葉定着度の加減性の要因・要素』


   


     4月 26th, 2017  Posted 12:00 AM



正方形という形態言語は2つの配置があります。
正方形と正菱形ですから、点=要素がそれぞれ4つと
同線・同辺=要因が4本です。
そして四角形が長方形と菱形が変形すれば、
各辺には要因が点に対してのそれぞれが表れます。
さらに面白いことは三角形と違って要因は四角形・菱形では要点対応の、
要因線が2つ生まれるということです。
よって、4つの要素に6つの要因は、
なんとも対応・対抗・連鎖の統合要素が生まれることです。
ただし四角形・長方形・菱形は概要や概念が記憶には残り難いのです。
そういう意味では、脳科学的な見方では、
前頭葉の自由度は三角形という形態言語が造形言語として利用できます。
あえて付け食わえるなら側頭葉への記憶訓練に四角形・長方形・菱形には、
要因線が生まれることで極めて適合していると言われています。
これは形態言語を記憶から引きずり出して、
発想のための造形言語化が出来るということです。
おそらく、知識が見識化されるのは、
三角形の3点・3辺よりも、
4辺と直角交差する2線がどれだけ、
記憶の側頭葉定着度、この加減性に関わっているのです。
想像力から創造力への統合的なこの配置を記憶してください。


* 『桜満開なれど・・・戦争はせまってきている?』
* 『運筆練習に最適な学習ノートの充実ぶりに感嘆』
* 『美学性を語れる講師を「KK適塾」は選ぶ』
* 『見つけた1.3mm芯のシャープペンシルの効能性と機能性』
* 『私が育った企業の滅亡は日本の産業滅亡に連鎖する』


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04月25日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 25th, 2017  Posted 12:00 AM

04月25日 先勝(壬午)


点はポイントと訳され、
ともに、
思考の知識+見識を
要素と考える。
この連関性を要因と仮説。



川崎和男の発想表現手法


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04月09日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 9th, 2017  Posted 12:00 AM

04月09日 先負(丙寅)


軽薄な思い込みは
見識不足が原因であり、
重厚な思い込みは
経験過多に起因する。
いづれも
「頭の悪さ」を露見している。



川崎和男の発想表現手法


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『もはや採掘されない笏谷石が土産品になっていた』


   


     3月 13th, 2017  Posted 12:00 AM



福井市街地には足羽山が見えます。
この山の麓に足羽小学校があり、小山谷町の官舎住まいだった、
私の幼稚園から小学校5年までは、この足羽山の隅々まで熟知していました。
そして、笏谷石の石切場が自宅のすぐ側にありました。
この笏谷石は長い間は泥岩だと思っていましたが、
この石を題材にした小物が「フクイブルー」とかで土産品になっていて、
今ではこの石は採掘されていないことも知りました。
母の墓石を父はこの石がいいということで墓石にしましたが、
経年変化が激しくて黑御影石に変更したのです。
なぜ父が選んだかというと母はこの笏谷石を独自に頼んで、
漬け物の重石にしていたのです。
その石は調べてみると、極めて長い歴史をもち、
北前船で全国にも配送されていたとか。
この石での湯船は最高と聞かされていました。
確かにこの石で出来た杯に水あるいはお酒を注ぐと、
とても美しい青色になります。
そして今では笏谷石を知る人はいないでしょう。
しかし、お土産となっている市価が高額でびっくりしました。
全てを購入しようかと考えましたが辞めました。
そして心配なことはもう採掘されていない笏谷石を素材にするならと
デザイナーとしてはその思いが重なりました。
笏谷石が火山礫凝灰岩だと始めて知りました。
岩石としてはやわらかいので、
古墳から出てくる棺桶の蓋に使われていたようです。
万一北陸新幹線が金沢から福井から小浜そして京都・新大阪となったとき、
(私は大阪から奈良までが希望ですが)、私はあの世です。
こうした土産品がさらに高額になるとするなら、
もっとデザインは考えられるべきでしょう。
今では墓石はスェーデン花崗岩(黑御影石)になりましたが、
この石の特長を最も表現される風呂石にはならないのでしょう。
最近はあたかもダマスカス鋼風(これその物が鋼板)が、
「売れる刃物」になってしまったように、
こういう石目も新たなテラコッタ風が登場するのでしょう。
私はデザイナーの知識と見識は終焉してしまったことが残念です。



* 『経年変化無し素材開発と道具使用を次世代に』
* 『陶磁器の二つの歴史・創れないモノまた創れるモノ』
* 『刃物の地肌、その偽物氾濫が流行している』
* 『『新大阪駅もまだ改装しているが、なんとも工夫欠落だ』
* 『応量器のモノからコトへがデザインの完成形』


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『大物主神から事代主神、このコンテクストの卓球台』


   


     9月 25th, 2016  Posted 12:00 AM



リオのオリンピック・パラリンピックでは、
「日本製でなければ・・・」というスポーツ用品が
相当にありましたが、筆頭は何と言っても、卓球台です。
デザイナー・澄川伸一氏のデザインであることが話題になっています。
彼が来宅してくれて、疑問点を聞きました。
それは、水平度はどこで調整しているのだろうかということでした。
「やっぱり、そこだったんだ」で大納得。
最近は、日本のデザイン界で盗作が相次ぎデザイナーって腐っている、
こんなことを言われてしまいます。とんでもないことです。
ロゴのデザイン料が高すぎると市民運動になるとは、とても遺憾です。
彼のスタジオならロゴ周辺までの仕事がきっと満載しており、
デザイン成果は国際的です。ローカルならず行政のデザイン対価そのものが
実は未だに安すぎるのです。これには自分も反省をしなければなりません。
よくあの金額でOKであったとさえ評価すべきことです。
廉価すぎるというのがプロ=職能のデザイン対価とは海外から「なぜ?」です。
さて、あの卓球台はなんと恩師・柳宗理先生と天童木工での発明デザイン、
バタフライスツール、そのコンテクストがこんなに見事に適合していました。
これまでTVでも紹介されなかったこの話を聞いて、
先生が生きておられたら少しニヒルな批評あっても「凄い」の一言です。
なぜなら、かつての東京オリンピックでは丹下健三氏の代々木競技場、
ポスターの亀倉雄策氏が有名ですが、インテリアは柳宗理先生。
聖火台からトーチ、トーチ輸送装置器具は恩師・柳宗理先生の作品でした。
トーチ輸送装置器具はようやく消えずにアテネの火を守れた
発明的なデザイン輸送装置になったのです。
「建築とグラフィックデザインと工業デザイン」、
このそれぞれの個性を調整し勝見勝先生のデザインディレクションで、
世界で「デザインがオリンピックをまとめた」
最初のオリンピックになったのです。
なんとそのコンテクストがあの卓球台に
澄川氏はしっかりと受け継いだのです。
これまで、特に卓球台はコーナー処理や使い勝手で選手たちから、
不平不満の連続だったのですが、卓球台デザインのすばらしさは、
別途にメダルを合同企業に授与されたほどです。
しかし、これも記さなければなりません。
なんとGマークグランプリとは言わずとも、
Gマーク100に入っていないとは、元総合審査委員長として残念。
「コトのデザイン」からすでに35%?も通過?、
確かにあの制度は褒章制度ゆえ赤字。
受賞数のあり過ぎは大間違いゆえに、Gマークは認知度があっても、
国家的褒章制度は「破綻」しています。
日本のコンテクストでは「大物主神」モノの美神様からの指示で
「事代主神」コトを伝える、情報仕組みの神に伝達があったのです。
この見識無き審査委員に歴史のコンテクストを告げます。
もっと真剣に「美」でこその「モノの美」知識から
見識も悟識もある審査委員になってください。
デザイン界はまずは「大物主神」から
「事代主神」の代理役職能だということです。
デザイン界はもとより、ライバル心はあってもジェラシー心では、
「美」は創れません。目先の利益もあるでしょうが、未来の美が目標。
あの卓球台は柳宗理先生の思想を受け継いだ素晴らしい成果だったのです。

* 『理念という思想からの発明がデザイン造形を決定する』
* 「*貿易国策の一つがGマーク賞制度、その審査委員資格*」
* 「商品・コミュニケーションから意味論的デザイン」
* 「ロンドンオリンピックでのハードとストロング」
* 『現代妄想には闘い続けなければ大間違いの世情になる』


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『越前和紙こそ、紙の文化を再活性できるはずだ』


   


     8月 8th, 2016  Posted 12:00 AM



「紙」は日本の文化の産物です。
それは和紙にその根幹があります。
ところがユネスコ遺産に、越前和紙が選ばれなかったということは、
本来1500年の和紙文化という継承性に対し、
日本の国家の勝手な制限制度によって、
和紙産地はまるで破壊されたようなものだったと思っています。
和紙づくりは越前の山奥で始まったと言われています。
川上御前という女性が突然現れて和紙づくりを教えたという
このような逸話が残っていますが、これは想像です、
多分、飢餓で苦しんでいる山奥の里に朝鮮からの誰かがおしえたのでしょう。
30代の自分は、福井県越前市の山里に「森羅万象悉く紙なり」という
このコピーでオータキペーパーランドという産地ブランドづくりに必死でした。
無念ながら、この産地活性化は成功せずに終わりましたが、
和紙そして紙への知識と見識をデザイナーとして一杯得ることができました。
越前和紙をレンブラントが使っていたということも最近は分かりました。
折角、日本の紙の原点である越前和紙をなんとしても駆使しようという
その動きが出てきました。
そこで、「大学ノート」と言われるいわゆる学習帳面に、
その最高級品で1000年は大丈夫という大学ノートに仕立てた
大学ノート様式の非売品をいただきました。
帳面ゆえ相当に廉価である必要があります。
確かにとても高額なノートもあるだけに、大学ノート仕様では
とても市場性はありませんが、自分自身がアドバイスを考えて、
なんとしても世界に誇れる紙を越前和紙からと思っています。
なにしろ、100円ショップで事足りてしまう大学ノートのままでは
とても商品、その価値創出はほとんど困難であり、最近では石灰からの紙も
そして古紙から10回もリサイクルし、しかも水無しでの紙が創られる時代です。
紙づくりには、水をどれだけ必要とするのかとか、
リサイクル性が要請されています。
それ以上に「書き心地」の大問題があります。
鉛筆、サインペン、ボールペン、筆、万年筆での書き心地です。
そうゆう意味では越前和紙はまだまだこのように一応大学ノートで、
という開発が見えてきたようです。
デザイナーとして最高のアドバイスを与えたいと考えています。


* 『和紙は越前和紙ぬきになぜ語れるのだろう!?』
* 「越前和紙から名塩和紙への悲しい物語り」
* 『納得出来ない日本の伝統技=和紙の切り売りと分断化』
* 『越前和紙に私専用を特注、なぜなら伝統の技能だから』
* 『やわらかい美しさのあるノート』


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『コンセプトで「美」、その創出は不可能である』


   


     6月 18th, 2016  Posted 12:00 AM



「コンセプト」、この幻惑に閉じ込められて来た現代人の
発想・思考、そして論理構造を断罪しました。
一言で表せば、「コンセプト」そのものが曖昧で、
思考の源泉である知識・学識・常識の否定です。
そこで、「コンセプトの完全否定」から、
自分としては「ライン:line」発想・思想・論理を提案します。
理由は、とても明快です。
思想・良識・知恵は「真・善・美」に最終結論として到達するはずです。
したがって、少なからず、「真」である科学性・非科学性も、
「善」に関わる思想・理念も、概念では説明すら曖昧になります。
それが「美」ともなれば、
「コンセプト」には大抵大概にして「感性判断」を求められます。
ここに「コンセプト」では決して「美」には到達不可能であることを
まず「知る」ことが重要です。
それこそ、silienceで辿り着いた「知られざる知性・見識」であり、
「コンセプト」では決して
「美」を語り切ることが不可能だということです。
感性での「美」の判断はとても「コンセプト」論理では近接できません。
昨今はあたかも感性重視でのコンセプト発想が、
「美」をも絶対的に完遂するという思考が氾濫し始めています。
なぜ人は「美学」という学識で
連綿と美しさを追い求めてきたのでしょうか。
結論を言えば、
コンセプトで美は決して創り出すことは不可能だということです。
デザイン界もコンセプトと感性でこそ、デザインが形成されているという、
この幻想の中に封じられてきました。
それこそどれだけのデザイナー、芸術家、建築家などが、
コンセプトで語り切ろうとするこの曖昧さの中に
「美」をはめ込んできたのでしょう。
その実例が、機能的なデザインには美がある、という発想でした。
これは単なる曖昧で感性的なコンセプト論理でしかなかったのです。
あえて自分は「コンセプト」で語られてきた「美」の曖昧さを否定します。
この曖昧さを捨てるときに「ライン」発想・思考・論理に、
「美」が見えてくるはずです。

*『Silienceの原意・・・デザインが何になるかという意義』
*『デザイン言語表現がコンシリエンスデザインになる』
*『「真善美」をプラトンに教えられたから生きてきた』
*『たかがリモンコンではありえない』
*『若手芸術家の紹介から学ぶ『範・感性』の確認』


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『民藝というレジリエンスデザインの源流は光化門にある』


   


     5月 23rd, 2016  Posted 12:00 AM



政治思想はすぐに国際関係論という
結局は得体の知れない論理で国際間には軋轢、
そしてそれは戦争に至り、限りない悲しみは歴史汚点になります。
しかし、強靱なまさにレジリエンスな美学的な文化論は
この国際関係論以上の力を有しているのです。
かつて、朝鮮が日本に与えた多くの民衆文化は、
「民藝論」として、その言葉に強力なモノの美学性を与えていました。
柳宗悦によって唱えられた「民藝」という美学論理の核心であり革新は、
有事状況である戦時中に、この美学論理は、
朝鮮文化の象徴である「光化門」の破壊を主目的としている軍部にむけて、
それこそ「ペンは剣よりも強し」を貫いていました。
あらためて「光化門破壊を食い止めた民藝美学論」、
その中心人物であった柳宗悦の「民藝」、
その基盤を再興すべきと考えます。
それは、京都破壊を食い止めた米軍の本土攻撃否定論理と同等です。
つまり、「民藝」として、それこそ「井戸茶碗」を持ち出してきた
陶磁器の歴史は、元来は朝鮮の美学文化を剥奪した野蛮さに対して
日本は「民藝」という名辞とその論説によって御礼を返したということを
もう一度、再認識をしておくべきだと記述します。
青磁があり白磁があり、高台があり、日本の陶磁器は
「民藝」抜きで語られるべきではないということです。
それこそ、ある伝統工芸産地が400周年記念を語り宣伝する前に
「民藝」が護り抜いた「光化門」を語るべきでしょう。
その見識も知識もなく日本の伝統工芸は語られてはならないのです。
柳宗悦の「軍部への絶対抵抗」は、
妻である声楽家柳兼子女史は決して軍歌を歌わない、
という美学が、さらに後押ししていました。
柳宗悦は、恩師・柳宗理の父であり、
柳宗理は「デザインと民藝」への距離感を
確かに教え子の私たちには独学を強いていたと思い出します。
しかし、アノニマスとゲマインシャフトという連鎖を
民藝からデザインへのコンシリエンスを支えている主張は
常にデザイナーの「耳鳴り」になっています。

*『教え子で得をしたことがあります。・・・』
*『民藝へのアンコンシャスビューティを再熟読』
*『藝と醫を略字化したことは本質を見間違える!』
*『強固なるゲマインシャフトからデザインは生まれる』
*『いつも見かける私の作品はすでにアノニマス』


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