kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘道具’


『日本文具大賞・機能部門グランプリが示していること』


   


     7月 11th, 2017  Posted 12:00 AM



「日本文具大賞」では、デザイン部門と機能部門二つに分野を分けています。
正直、私は最初は1部門、つまりデザインだけで十分と思っていました。
しかし、最近は2つの部門で、性能・効能・機能によって最終的な「美」、
その有無でこれは機能部門グランプリ。
私自身、私デザインでのハサミは海外美術館にパブリックコレクションが
それこそあるだけに、刃物、さらにハサミについては一家言あります。
なぜ、ハサミが人類に必要であったかは、伸びる髪の毛を切る道具でした。
いわば、刃物という文明をさらに進化させたモノでした。
このところおそらくハサミを進化させているのはわが国・日本です。
また、この文具大賞は連続受賞であっても、
モノの優れていることが当然であれば、
その賞品を選ぶことになっています。
このメーカーは、他分野からの経営者が変わってから、
格段に文具業界に新しい風を吹き込んでいるメーカーに変身しました。
また、日本だからこそハサミは進化を相変わらず遂げてきています。
さらに、このメーカーは「売れているという市価」への拘りがありません。
正直、ハサミはまだまだこうして進化する方法があったものと思いました。
ハサミの切れ味は、水で濡れているティシュペーパーを空中にぶらさげて、
それを下から切れるだろうか、と、
もう一つは、これも濡れている強靱な和紙が和紙を持たずに切れるか、です。
ところが、このハサミは厚さ3mmもあるステンレス鋼で、切るということに、
「切り落とす」という性能の存在性、これを使い勝手という機能にまで、
見事に昇華させていたことでした。
このメーカーは経営者にデザインセンスの判断が明解でした。
残念ながらデザイン部門では、もう一歩でしたが、他の応募作では、
おどろくばかりの文具設計での、従来では考えもしなかった検査結果があり、
このメーカーは日本の文具づくりを根本で変えていく
企業存在性が生まれてきているようです。
それは経営者の理念が変われば、文具への技術革新があるということを
見事に商品の機能性で証明してもらったと評価しました。


* 『「機能」と「デザイン」=日本文具大賞の審査基準』
* 『売れるより売る文具大賞グランプリ』
* 「散髪がシステムデザインされているから気に入っている」
* 「まだまだ見つけ出すことがある、ようだ。」
* 「日本流見本市の創出=日本は常にホスト国であるべき」


目次を見る

07月07日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 7th, 2017  Posted 12:00 AM

07月07日 赤口(乙未)

「頭がきれる」ということと
「キレる」というのは、
まったく意味が違う。

「きれる」道具として
コンピューターを日常化できる時代に、
私たちが「四区分別」して、
涙を流す「大切さ」を
現代のなかから発見できないならば、
生きていてはいけないのだ。



『デザイナーは喧嘩師であれ』四区分別


目次を見る

『タケフナイフスクールは越前打刃物産地に開設する』


   


     7月 4th, 2017  Posted 12:00 AM




今は周辺町村と合併し越前市となりましたが、
かつて国府であり紫式部も父と共に在住していた武生(たけふ)。
私がデザイン主導してきた武生市に越前打刃物産地として、
「タケフナイフビレッジ」を設立してすでに30数年です。
これまでもナイフ講座をイベントとして、
ナイフや包丁を参加者それも子どもから一般にまで指導制作してきました。
タケフナイフビレッジは褒章者も2名出しましたことから校長と副校長とし、
私は以前より市長とも話合い、越前市の観光大使としても
タケフナイフビレッジの再拡大とナイフスクール開設を主張してきました。
対象は、児童から生徒(保護者同伴)学生から一般、マニア、プロという、
そうした人向けのスクールを設立することを進言してきました。
生徒とは中学生で学生は高校生以上を言います。
プロというのは、ナイフづくりと、シェフ=料理人向けを提案しています。
理由は簡単で、それこそ海外からの包丁ブームは確実であり、
中でもタケフナイフビレッジのキッチンナイフを超える
ビッカー値硬度ある刃物は、世界的にも全く皆無です。
国内の岐阜・関市や大阪・堺市にも伝統工芸での包丁がありますが、
私から批判すれば、伝統の継承だけや刀工からは許されない刃物依存です。
「火造り鍛造された蛤刃」を、モダンデザインされているのは、
タケフナイフビレッジだけだと私は自負しています。
それだけに、第一世代親方9名を講師に、時には私も参画して、
「ナイフスクール」をおそらく日本で最初に開設するつもりです。
千代鶴国安(二人説あり)という刀工が
鎌を農民に野鍛冶からスタートしたとのことですが、
私の研究ではそれこそ1500年前から鍛冶技術への兆候はあったようです。
また、「武生:タケフ」は、日本のエンジニア養成の中心人物
「工手学校」設立者である渡邉洪基=帝国大学総長・東京府知事。
私立大学設立提案者のふるさとでもあるのです。
叶うことなら、この夏にはそのスタート講座開設を考えています。
「ナイフ」はもし、無人島に行くとしたら持参すべき唯一のモノです。
なぜなら、ナイフがあれば道具を創り出すことができるのです。


* 『親方二人目の褒章受勲・タケフナイフビレッジ』
* 『タケフナイフビレッジで第2世代を鍛える』
* 『ローカルな受賞なれど、とても大きな受賞でした』
* 『刃物の地肌、その偽物氾濫が流行している』
* 『伝統工芸での和包丁には間違いがあり過ぎる』


目次を見る

『「黄金比の計算機」アプリのグレードアップの意義』


   


     1月 24th, 2017  Posted 12:00 AM



「鶏が先か、卵が先か?」という問いかけがあります。
それは親子丼では、鶏肉が先?、卵?という言い方で、
それぞれ決定できます。
改めてiPhoneアプリを改変しました。
バージョンのグレードアップをしています。
その最初として、「黄金比の計算機」を発表しました。
一応、120円入金されることになっています。
全てをPKD=Peace-Keeping Designというソシオデザインのためです。
PKDで、開発途上国向けのワクチン開発とその接種方法も、
経鼻型を開発中です。
PKD提唱ではこの開発は遺伝子検査までも
新規にするデザイン提案になっています。
ところで、以前にも黄金比は、手法として、
最初にこの計算機で「当たり寸法」を出して目安とするか、
あるいは、デザイン設計した結果の寸法確認をするかです。
これを私は
「鶏(想像寸法)が先か、卵(デザイン結果)が先か?」なのです。
前回、この計算機の発表をブログで取り上げたとき、
ともかく思いつきで書いたことで、正確では無いと批判されましたが、
このブログはともかく書き殴っているので間違いがあるでしょう。
今回も1.6180339887・・・・を1.62としたことで文句をつけられますが、
あくまでも「鶏が先か、卵が先か?」的な手法、その道具にすぎません。
私が美大生だった頃、「黄金比」という書籍はたった1冊でした。
さらに、黄金比、白銀比、青銅比などがあり、
この値についても都市伝説的な批判もありました。
しかし、例えばApple商品などは、
確実にこの黄金比を利用しているのは明らかです。
ともかく、この「黄金比の計算機」は、
「鶏が先か、卵が先か?」という手がかりにしてもらいたいと思います。


* 「X:1-X・この計算では、1.61803398749・・・が示すこと」
* 『造形言語と形態言語を裏付ける黄金比』
* 『万年筆メインテナンスから見えている現実』
* 「iPhoneアプリ・もう一度知らせます」
* 「黄金コンパス・黄金比と白銀比を身体化するには」


目次を見る

10月14日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     10月 14th, 2016  Posted 12:00 AM

10月14日 仏滅(己巳)


道具は絶対に、
発想を変えてくれるモノです。
ただし、
そうした道具に、
どれだけ関心を持つか、
これがとても重要です。



川崎和男の発想表現手法


目次を見る

『最高級品=最高価格であるべき万年筆の登場の意義』


   


     8月 7th, 2016  Posted 12:00 AM



「弘法筆を選ばず」という有名な言葉が残っています。
素直には、弘法という達筆者は筆という道具などはどれでも構わない、
という、拘りなどには屈していないという意味です。
「拘る」ということなどは、両刃の剣だという解釈が成立しています。
しかし、自分は「拘る」ということではなくて、「こだわる」ことには、
大きな意義を見いだしています。
その最大のことは人か物か自然かということへの哲学性かも知れません。
とりわけデザイナー、デザインというモノと対峙して生きる人間にとっては、
「こだわり」=「木垂れ」からの原意ある伝統的なモノづくり観は不変です。
自分自身も筆記具その集大成である万年筆はコレクションの対象。
国内の万年筆メーカーのモノは世界的にも素晴らしいのですが、
どうしても海外の万年筆ブランドに「価格で負けています。」
文具大賞の審査委員長もさせられていますから、ことさらに日本の文具は、
世界で最高のモノにしてがほしいという日本人としての拘りがあります。
そう思っていたら、日本で最高、それは最高価格であるということ、
この単純ないわば公式ですが、見事な提案がありました。
自分にとってはようやく日本の万年筆の存在をアピールしてきた勇気でした。
如何せん、こうした万年筆にとっても、高額製品としてはどうしても
日本の伝統、蒔絵あるいは真珠という加飾性が必要です。
確かに海外の有名ブランドも漆芸や蒔絵、螺鈿、真珠などは見事で、
商品価値を向上させる装飾性に優れています。
しかし、とりあえず万年筆で、誰しもが「エッ!」っと驚く、
それほどの万年筆が日本にあるということです。
かつて、洞爺湖サミットでは伝統工芸を使った万年筆が採用されましたが、
万年筆コレクターから見ればその伝統工芸そのものが駄目なのに、
「なぜ?」と、モノそのものが最悪だと言うことになります。
今回のこの商品化は、しかもわがふるさとの文具屋さんの提案でした。

@ Kadobun

* 『ずばり、自分ぴったしのモノ世界のモノマガだ』
* 『勘違いディフォルメ写生は伝統では無い』
* 「パーカー『5th』という筆記具の進化」
* 『「機能」と「デザイン」=日本文具大賞の審査基準』
* 『クリスマスプレゼントは万年筆を語れる少女から』


目次を見る

『体内音が解説してくれる、聴診器にもっとデザインを』


   


     5月 24th, 2016  Posted 12:00 AM



「衣・食・住」に対して「医・職・趣」を提案しましたが、
この提案の図解ブログは人気がありませんでした。
ブログのユーザーアクセスを読み解くことで世情人気を
明確に把握と理解することができます。
同様なこととして、身体の内部には様々な音が存在します。
それぞれの臓器や血管・呼吸の音を
いわゆる聴診器で聴きだして、
身体内部での異変を読み解くことが出来ます。
米国の医学書籍の書店では「聴診器」での判断根拠となる
その音のサンプルが
商品として売られていましたが、
国内の書店ではそういう経験はありません。
聴診器という発明は文明の利器でした。
昔はチェストベース(患部へ当てる)と
イヤーピース(耳に挿入する)が象牙であって、
それだけで診断をする名医がいたものです。
ヘッドホンをデザイン対象にしていたこと、医学系を学んだこともあり、
聴診器はほとんど触って聴いて見てきました。
それこそヒューレットパッカードが製造していた聴診器があったこと、
これはほとんど知られていませんが、
ゴム管が二本のモノはなるほどと思います。
しかし、最近では電子式が出てきていますがそれを使用しているドクター、
それほどのドクターは居ません。
また徹底したデザインが採用されているとは言いがたく、
カラフルな聴診器を指して、
デザインされているというセンスは大間違いです。
人体内部の音は、臓器、骨格への刺激、血管中の流動音など、
もう一度デザインによる問題解決が必要な分野です。
電子式聴診器では、とても精密な音が身体から聴こえてきます。
今や、聴診器は死を確認するだけの道具、
医師と判断するシンボルにすぎません。
ドクターはオーディオマニアであってほしいと思います。

*『書店の存亡・バーンズアンドノーブル』
*『災害時の衣・食・住・医・職・趣その不便と不安の解決』
*『看医工学としての介護のコンシリエンスデザイン』
*『ゴジラというアンプ思想はアンプジラ2000に継承』
*『講演テーマで最近もっとも多い医学とデザインの「範」』


目次を見る

『カメラの増大=視点が社会制度に組まれていく恐怖』


   


     4月 7th, 2016  Posted 12:00 AM



iPhoneはじめスマホになって以来、
カメラは生活に最接近したモノになってしまいました。
カメラは記録機器でありますが、その撮影されたコトが
表現される場は、このブログもそうですが、SNSと結びつき、
Twitter、Facebookどころか、今では写真中心のInstagramにまで
様々な表現それは自己表現風、自己表現的な写真本来の目的が拡大です。
僕はなるべくカメラを自分の収集目的や趣味にはしないと決めていますが、
気がついたら、なんと、なるべく高性能で使い勝手を
自分流に判断をするとともに、海外製まで手に入れています。
現代、カメラは自分のもう一つのeye-pointどころか、
表現道具として、この技術進化は空恐ろしい状況になっています。
自宅や研究室にもカメラはいつでもいわゆる「監視の目」です。
これは大きな問題提起を投げかけています。
実際、最近の防犯はカメラが目となっていて、
犯人逮捕も防犯カメラのデータに頼っていることが増加しています。
スマホを持参していることで、人は、自分の目だけではなく、
記録媒体として、写真どころかビデオやムービーにまでが
あたかも社会性の善悪判断、その要因になってきています。
それこそ、表現はジャーナリズム化=日々の記録となり、
そのジャーナリスティックな判断をある意味では放棄しているのです。
それは、表現者のカメラという道具、プロのジャーナリズムの道具が、
一般化することで、社会判断を鈍化させていることになります。
人間は「消失点」を持っています。
しかし、カメラの消失点は制御可能です。
さらに、人間の視覚は最も遠景=星を見つける光年、
その距離感把握能力があり、
現代のカメラ=もう一つの視点・eye-pointがある意味を
十二分に検討する必要があると判断しています。


*『視覚空間は存在しないことを認識する必要がある』
*「岸辺のアルバム=家族平和とは安泰」
*『彼は映画の社会的メッセージを知り尽くしている』
*『デジタルカメラはなるべく買い換えない』
*『負のサイクルを即刻停止させるデザイン』


目次を見る

4月4日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 4th, 2016  Posted 12:00 AM

4月4日 仏滅(丙辰)


デザインにとって、
コンピュータは道具である。
そして重大な方法になっている。
しかし、
いわゆるデザインの道具での
パソコン以上に重大なのは
頭脳となっている「手」だ。



川崎和男の発想表現手法


目次を見る

「オノマトペ=感性評価軸が学術検証された」


   


     9月 23rd, 2015  Posted 12:00 AM



声喩・擬音語・擬態語として
「オノマトペ」の学術論文がようやく査読OK。
これは私が長い間、繊維の性質分類の感性評価軸、
その設定をめざしてスタッフを中心に、福井県織物組合の青年部会と、
擬音語で、布感覚評価をしてきたことを学術的に、
感性工学会に提示してきたものでした。
提案から1年半かかったことになります。
かねてより、繊維・布には七つの手触り感覚での分類がありました。
しかし、数値化不可能であり、プラスチックが金属化をめざしていた、
その手法に触発されて、まず我々はその感性評価の6角形に、
さらに「しなやかさ」を付け加える道具で、
布の手触り感覚評価を随分と積み重ねましたが、所詮、それは、
大人たちの感覚に頼りきっていることに気づき、
保育園児たちに彼らの感覚評価を求めてみました。
「ぬめり」・「しゃり」・「きしみ」は幼児達の語彙には無く、
それゆえに、彼らは頬に押し当てたり、噛んでみたり、嗅いでみたりと、
彼らの五感に布の感覚はまさに新しい擬音語まで突出する有様でした。
これによって「羽二重:HUBTAE」ブランドの
参考見本帳の感性評価軸ができました。
ちょうど同じくして、二つの現象が起こってきています。
ひとつは、ビールCF表現での「ぐびぐび」、「ごくごく」とかを
未成年の飲酒禁止表現でのあり方検証になっています。
またもう一つは、
医学特に、問診でのどこが痛いかを伝えるオノマトペ運用があります。
「ずきずき痛む」、「きりきり差し込む」などは、
患者とドクターとの会話での感覚伝達になりますから、
これをさらに突き詰めていくことで、背中、胃周辺など、
体の一部への痛度評価になるという研究が出現していることです。
このことを大阪大学医学系研究科でも、
痛度の「オノマトペ感性評価軸研究」に
明確に持ち込むことが可能になりました。
地方産業、その繊維の感性評価軸への「オノマトペ運用」は
デザインにおける一つの
それも大きな感性評価が可能だということです。
そのためには、擬音語や擬態語の収集と伝達によって、
これら擬音語が少なくとも三つ重なった時には、
感覚伝達の共有化が必ず叶うのではないだろうかということです。
おそらく「オノマトペ」というラテン語からフランス語になっていった
ことばが感覚伝達をすることは確実になったと思っています。


目次を見る

1 2 3 4 5