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Posts Tagged ‘開発’


『デザイン主導のフライング・カー時代がせまっている』


   


     5月 10th, 2017  Posted 12:00 AM



ブルース・ウィルス主演の映画で、多分1997年の「The fifth element」で、
空飛ぶタクシーが登場します。
ちなみにfifth economyはロシアンアバンギャルドでの政治経済思想であり、
私はデザインに関与していると思って
この資料を収集もしデザイン経営の今後の予想資料にしています。
ともかく、空飛ぶタクシー、その時代がやがてやってくるでしょう。
そこで、Flying Carが、ドローンの登場とともに、
早ければ2018年、2020年に実現計画が登場しています。
ベースにはドローンの登場がありました。
私は車椅子生活を余儀なくされ推測道理今では電動車椅子になりました。
そこで、現在使用の車イスが日常化していますが、
阪大のパラリンピック支援大学として、
私のミッションには、電動車椅子開発があります。
ともかく、走行性能では「浮かびたい」という想いと
身体保持機能として年齢による姿勢制御を総計しても18kg以下が目標です。
そこで最も注視注目しているのは軽量の椅子とこの電動空飛ぶ車開発です。
これは今後のトランスポートデザインの決定になるでしょう。
Ship of the Yearの審査員をしていますが、
これは恩師命令として、造船分野へのインダストリアルデザイン導入を
なんとか目指して次世代デザイナーに
業務拡大をねらっていますが国内では大変困難です。
むしろ、駆逐艦や潜水艦へのデザイン導入をするデザイナー養成から
デザイン業務を拡大すべきかと考えています。
おそらく、このフライング・カーに私世代は乗れないでしょうが、
この領域での次世代デザイナーを育成するのはコンシリエンスデザイン、
この具体事例になり、今のデザイン系大学では無理と確信しています。
いわゆる電動フライング無人制御カーは、
次世代のデザイナー養成の大きなテーマになることは間違いありません。
それは「非現実化」=空を飛ぶことへの
認識確実な創造力あるデザイナー育成だと想っています。


* 『海事関係にデザイン介在という使命』
* 「神話・寓話・童話にエネルギーは無い」
* 「大学でのデザイン教育=デザイナー育成をめざす」
* 『超軽量で収納コンパクトな電動車椅子をめざして』
* 『電動車イスの効能的制度設計からの性能・機能デザイン』


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『鄙美人日本論は田舎でしか語れない』


   


     3月 18th, 2017  Posted 12:00 AM



このところ北陸に通っている感があります。
金沢に金沢美大の同期会に帰り、
ふるさと福井では一般向けに久々に講演をし、
そして5年もかけての繊維産業の青年部会を鍛えてきました。
福井駅前の開発は無念ながら、デザイナーのプロとしても
なぜ、このような開発になるのだろうとか、思ってきました。
しかし、金沢市が北陸新幹線が乗り込んで流石に、
北陸の中心地としての賑やかさに圧倒されました。
ところが、金沢市の特産である陶芸や漆芸をしっかりと見詰めると、
文化破壊が確実に起こっていると確かめざるを得ませんでした。
本当にこれほど揺れる鉄道があろうかと思うほどのサンダーバードに乗って、
まったく鄙として、いや田舎さがここまでとはを、
たとえば金沢と比べても相当の差を知りました。
その極めつけが、福井の偉人をなんとか宣伝しようとする駅構内の
この「由利公正」をなんとか、大河ドラマにという、
のぼりを見てつくづく思うことは、
観光都市への県行政の努力をしみじみと感じます。
今では、由利公正って誰?の日本人感があるはずです。
だからなんとしてもNHKの大河ドラマ化の戦略としては、
もっと訴求方法があるはずですが、その手立てすら見つかっていません。
私はつくづく思います。
もはや明治維新は、ほとんど小説での坂本龍馬で語られて、
それがあたかもシンボル化されている日本観が蔓延していますが、
鄙美人論の根幹はこの真実性でいいのではないかとすら思えます。
特に、生糸から絹織物に私はずーっと関わってきました。
絹織物が決して富岡製糸場で語られることではありえないのです。
「五か条のご誓文」が由利公正あってのことであり、
東京府知事の人物が日本の絹織物までに大きな道筋を与えた人物です。
絹織物は輸出品としての「羽二重」を産み出してきたことを
やっと5年でまとめました。
私は「鄙美人日本論」をふるさとから語る所存です。


* 「花綵を断ち切った、都と鄙 けれどもNetwork社会に希望」
* 『アンチテンションはコピーされている福井産の革新技術』
* 「ふるさと福井の偉人たちへの敬愛あるのみ」
* 『布、なぜシルクロード、シルクボイスだったのか』
* 『ふるさと福井で改めて「羽二重」ブランドを講演』


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『第3回目「KK適塾」の報告』


   


     1月 23rd, 2017  Posted 12:00 AM



私は阪大を一度退官後、「寄附講座」で残って、
大きくは二つの領域で教育、研究、開発を連続させています。
一つは天災人災を念頭ににした実務デザイン開発と、
「KK塾」から今年度からは「KK適塾」という特に今年度は、
デザイン界直接に、「コンシリエンスデザイン講座」です。
デザイン界に向けてはこのところのデザイン盗作やデザイン界への大誤解を
なんとしても、デザインとは、いや「これがデザイン」を
「知恵ある最先端の問題解決・価値創出・未来産業創成」を意図しています。
第三回目の講師も選びに選びぬきました。
ある意味では、私は金沢美大で純粋培養されてきたデザイナーです。
今回の講師であるムラタチアキ氏は、大学では応用物理学から
家電系を経て実務的なデザイナーであり、デザイン教育者。
NOSIGNERと称しての太刀川氏はデザイン手法をさらに深化を狙った活動、
いづれも、既成デザインの破壊から新規デザインのあり方を求めています。
これは純粋培養されてきた私も同様に、絶対に伝統的なデザインでは無い、
新規デザイン、新規デザイナーのあるべきデザイン対象やデザイン領域を
なんとしても発見したいという「デザイン」であるからこそ、
常に「新しいデザインとはどうあるべきことか」とか、
「こうやっている行動がデザインを成し遂げている」という、
三人ともに共通項を持っていることです。
年上のデザイナーである私は、「コンシリエンスデザイン」や、
「遺伝子編集へのデザイン、基幹産業の導入」を彼らに語り伝え、
彼らは当然のこと、地域産業や伝統工芸にも深く関与しています。
結局、対談テーマは
「どのような教育をすればデザインが可能なるか」にいきつきました。
前回の講師をお願いした澄川氏、原田氏も参画をしてくれていました。
特に、太刀川氏とは講座を離れて「書」の話となり、
彼とは思いつきで「日本デザイナー書道俱楽部」までを創りました。
次回は、東京藝大から2名のデザイナーと建築家を講師に選びました。


* staffblog 11月17日
* 『美学性を語れる講師を「KK適塾」は選ぶ』
* 『「KK適塾」は日本からのデザイン思想と実務の発信』
* 『イントロ画面を新作して「KK適塾」にした理由』
* 日本デザイナー書道俱楽部


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『匿名的な知恵=silienceである』


   


     10月 17th, 2016  Posted 12:00 AM



「Consilience Design」を昨年はKK塾にて紹介してきました。
Consilienceそのものが造語であり、なぜ、この言葉に至ったのだろう。
それは最近では「デザイン思考」があたかも次世代デザインのごとく、
IDEOからスタンフォード大学で語られてきましたが、
自分のミッションは「コンシリエンスデザイン」が成立するかどうか?
この言葉の論理的な脈絡とその実務展開までを
講座成立=教育・研究・開発が可能かどうかでした。
辿り着いたのは、この造語の基本はすでに死語でしたが、
次のような意味がありました。
たとえば、大道芸人の素晴らしく訓練された芸には、何かの芸の核心、
立ち止まって聞き入りたくなるような政治批判、その論理的な知識、
いつかは有名になるかもしれない優れた芸術作品、
きっと、磨き上げればとんでもない宝石になるかもしれない貴石、
すなわち、全く、無名性、匿名性にはほれぼれするけれど、
それは知識というより、アノニマスな知恵だということです。
このsilienceが母体となって、Con+silienceとなり、さらには、
resilience=レジリエンス=強靱な能力までを引き込んでいます。
極めて、日常的で匿名的な、ひょっとすれば大評判となるであろう知識、
それを乗り越えているまだまだ評価はされていないけれど知恵の集合体、
これが「コンシリエンスデザイン」であり、
もう一方では「コンシリエンス看医工学」こそ、次世代が
知識を超えた知恵をデザインと看護・医学・工学へということです。


* 『Silienceの原意・・・デザインが何になるかという意義』
* 『「アノニマスデザイン」の代表例に選んだモノが消滅』
* 『鉱物学と自然科学が選んできたコンシリエンス』
* 『「不安」が最大なことは被災することである』
* 『silience=無意識だけれども重要な知的核心という解釈』


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『電磁波革命と遺伝子革命が近接場で始まってきた』


   


     8月 3rd, 2016  Posted 12:00 AM



情報社会の次にどのような社会進化が起こるだろうか、
この質問に自分なりには、三つの革命をもう20年前から唱えてきました。
「光重合革命」・「電磁波革命」・「遺伝子革命」でした。
光と電磁波は相互に電磁波と遺伝子も同次元で科学的な検証とエビデンスが
コンピュータというツールによって明確な方向を見いだしています。
フォトニクスセンターが新設以前に、赤外線を皮膚に当てると紫外線となり、
がん細胞を死滅させる可能性など、そのようなことで、
光照射のペンシル型のイメージなどを提示していました。
一般的には、赤外線は身体にやさしく効用性が語られました。
が、紫外線はDNAすら破壊する、
だから太陽光で皮膚癌という常識も一般化しました。
ところが、近紫外線を発生するプラズマTVの危険性を
自分が指摘するとプラズマTVメーカーも一般からも自分は相当に非難中傷。
しかし、
プラズマTVはペースメーカー使用者に最悪とEC各国からの輸入禁止となり、
国内はすべてプラズマTVより、液晶大型TVに大変革。
一方では、紫外線のさらに深紫外線の殺菌・滅菌・消毒、
その可能性は、
新しい電子顕微鏡での遺伝子と深紫外線関係は近接場=エバネッセントで、
細胞破壊はしないが、消毒・滅菌効果ありと言うことが明白になりました。
これは深紫外線を発光するLEDの開発競合が熾烈な競争になりました。
同時に生産化でのコスト競争から廉価性が出てきました。
早速、光量子・電磁波・遺伝子の関係は消毒性と滅菌性が明白になりました。
自分の提唱した「コンシリエンスデザイン」と「看医工学」に、
深紫外線で、
まず、「触って、握って」手・掌の消毒可能な製品開発に着手しました。
エバネッセント光のグリップ製品デザインを発表するに至りました。
しかし、自分としては「電磁波」を全信頼しているわけではありません。
自分の研究室の壁面はじめ、ヘッドフォン発生の電磁波防御も、
未だに気づいているメーカーは僅かです。
安全と安心、そして予防が「看医工学」の目的です。
電磁波は、今後、日本の産業そのものを変化させるでしょう。

* 『無駄な投機だった医工学の廃止が証明できている』
* 「三つの革命を促してくれた『光造形』デザイン」
* 『照明の文化論としての陰翳礼讃』
* 『アレロパシーとして電磁波を制御せよ』
* 「デザイン理念は造形言語と形態言語の形素で未来を招来」


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『文具大賞「システム手帳」の再発明と効能性という機能』


   


     7月 13th, 2016  Posted 12:00 AM



ヒラリーとテンジンと言えば、エベレスト初登頂です。
登頂に囚われていた自分には、
ヒラリーとなればFiloFaxというシステム手帳です。
このシステム手帳が有名になる以前から使ってきました。
以来、どれだけのシステム手帳を買い換え使い厭きてきたことでしょうか。
そして、もはやシステム手帳はスマートホンで充分でしたが、
日本の開発力は凄いと感心する商品が出てきました。
まさにシステムにふさわしいノートフィルから、様々な手帳の体系を
見事に商品として成功させているモノが、日本文具大賞に応募。
すでに現物を見ていただけに他の審査委員の評価がとっても楽しみでした。
案の定、「やっぱり、よく出来ているな〜」との声が多くて
当初からグランプリ候補でした。
日本文具大賞はグッドデザイン賞の評価は超えていると確信しています。
理由は明解です。
なにしろ、この評価で優秀賞であってもこの数年は大ヒットします。
文具というきわめて日常的な200円から5000円程度の、
ややもすれば衝動買いするモノですが
このささやかなモノには夢があります。
つまり、社会的な存在性が日常化する効能性=すぐに自分とモノの関係が
社会と時代にマッチングしています。
ましてここまで体系化が果たされている性能は、これまでのシステム手帳を
完璧に陵駕していることは明らかですから、
性能と効能が効用と効果をならしめて機能性は充分です。
それは発明が明らかだからです。
180度開閉すること。表紙は合成皮革だからこその一枚仕上げであり、
これまでのシステム手帳をとても軽量にしています。
「機能部門」のグランプリ賞品として
確実に国際競争に立ち向かえるでしょう。
ただし、自分は審査委員長ゆえ、
もっと厳密には要求がこれまでも残ります。
しかし、それを是正するメーカーが無いことには、
国際競争には勝てないことがあります。
この製品にももっと「体系」・「システム手帳」から、「手帳システム」を
なんとしても開発してほしいのです。

*『わが哲学の恩師・中村雄二郎先生』
*「ISOTでの勘違いを発見」
*「TV番組の役割は終わっていることを再確認!」
*『映像と音像を変えるHDMIケーブルの進化』
*「審査会=日本文具大賞からスタート」


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『HUSATとしての「シーティングエンジニアリング」』


   


     7月 4th, 2016  Posted 12:00 AM



車イス生活を余儀なくされて来年は40年になります。
本当に正直よく生きながらえているものです。
すでに私の体型は変形が来ていて、
しかも今ではすっかり電動車イスを使用していますが、
自分にはとても幸運なことがあります。
美大時代同級生に、「シーティングエンジニアリング」を
打ち立ててきた親友がいるのです。
以前から、「体の変形を指摘して、俺が直す」と言ってくれていました。
彼はすでに身障者向けの様々な開発をしてきた日本ではトップクラスです。
彼を阪大の自分の研究室の特別研究員になってもらっています。
おそらくわが国では最初に
「身障者向けの家具から用品の開発」をしてきた男です。
彼に計測とシートの作成を頼みました。そして使い心地を確認して、
再度、また体型の変形を矯正する
「シーティングエンジニアリング」を適用してもらっています。
「シーティングエンジニアリング」はこれまでの人間工学を進化させている
新しいデザイン医工学のHUSATになろうとしています。
おそらくHUSATを知る工業デザイナーは
まだほとんど国内にはいないでしょう。
HUSAT=Human Sciences and Advanced Technologyです。
今、彼:光野有次と自分が組めば、最も強力で新たなHUSATとして
車イスは勿論、椅子そのものの設計を革新することができるでしょう。
何と言っても、自分が使用者のモデルになれること、
彼も自分も美大では徹底的に
モノづくりのトレーニングを体で覚えてきたこと。
ユニバーサルデザインは、自分が米国から持ち込んできましたが、
最早その時代は終焉していて、人間工学も不可能なことを
HUSATとしての「シーティングエンジニアリング」を
「コンシリエンスデザイン看医工学」に配置したいと考えています。

*『「座る」・人間工学からシーティングエンジニアリング』
*『車いすのレジリエンスとノルアドレナリン』
*『少数派のためのデザインから・再度、再検証』
*『公・自・単・情・安・省・空を暗記せよ』
*『インクルーシブデザインとは「人称デザイン」である』


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『ふるさと福井の大震災を胎内で経験していたと聞く』


   


     7月 1st, 2016  Posted 12:00 AM



1948年(昭和23年6月28日16:13pm)福井大地震が起こりました。
地震規模はM7.1、1945年の大空襲は日本での三大空襲の一つでした。
羽二重によるパラシュートの産地だったからです。
地震1ヶ月後には集中豪雨により、3度も市街地は破壊されました。
自分はまだ母の胎内に命がようやく出来た頃で、
翌年の2月にこの世にでてきました。
大地震が発生した時、母は実家の竹藪に入ったそうです。
母の実家裏の竹藪は300坪ほどありました。
そして竹藪は竹の根が強くて地盤がしっかりしていたそうですが、
夕焼けと同時に福井方面の空が真っ赤だったと聞きました。
戦争から復員して、父はノンキャリアの警察官であり、
その若さから、
県境を自転車で乗り越えて石川県警に伝令を努めたそうです。
福井から県境に行くまでに数人の倒壊家屋に閉じ込められた人を救ったと、
戦争の話は従軍7.5年ながら、一切話さなかったことにくらべれば、
小さい頃にそのいくつかのエピソードは聞かせてもらいました。
阪神大震災の時には、父はすでに退官していましたが、
私はまだApple本社とのつながりがあり支援金と、
PowerBook100台が東京から福井に届き、
それを福井県警が最も早く神戸入りをするときに運んでもらいました。
と同時にキヤノン販売には、神戸にあるショールームのプリンターを
避難所にいるボランティアに開放していただきました。
しかし、その直前まで開発していた「ラリア」という
非常事態専用SOSラジオの中断が
とても悔しかったことを今も忘れていません。
以後、行政がらみのデザイン意義はないものと考えています。

*『最近見なくなった竹藪、その思い出』
*『都市伝説であれ、地震雲あり空をよく見よう』
*『あれから20年・・・阪神淡路大震災のこと』
*『想像力と直感あれど『東京ラリア』具現化出来ず』
*『児童を守らねばならない! そんな国ではなかった』


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『レジリエンスデザインチームだから屋根材・瓦を新開発』


   


     6月 29th, 2016  Posted 12:00 AM



「レジリエンスデザインチーム」が熊本の震災現地に入っても、
「レジリエンス?」
「デザイン?」
「たとえ九州大学であっても何を調査?」
チームは当然ながら、震災現地では相当に疑念を持たれています。
それこそ、想定内のことでしたが、
このチームだからこそ可能になることが一杯あるのです。
そんな折りに「全瓦連」=全日本瓦工事業連盟から、
熊本現地での修繕依頼が相次いでいるという連絡がありました。
屋根材としての瓦は、日本の伝統的な街景観をつくりあげてきました。
しかし、瓦は軽量化されたとはいえまだまだ開発すべき屋根材です。
震災の大きさは、瓦屋根が破壊された状況が
最も画面では印象度があって多用されています。
下手をすれば、瓦は、この国においては
もはや否定すべき屋根材になりかけていると大衆化してしまいました。
デザイナーの立場から見れば瓦形態の伝承も当然ながら
如何に現代化=デザインするかです。
アレルギーや心理対策は建築を超えてデザインがやるべきでしょう。
新素材・新実装・屋根材構法の革新は
絶対にスマートシティとの情報空間への屋根材の瓦、
この考え方を建築ではなくてデザインで導入すべきだと考えています。
当然、建築手法をベースにしますが、
スマートシティ計画には、瓦への様々な性能・効能が、
少なからず大地震・大豪雨・ハリケーンに対抗して、
それこそソーラーパネル、情報空間への
実装部材化が求められなければなりません。
しかも、伝統的景観がこれまで以上に美しくなることです。
「レジリエンスデザインチーム」の未来志向は、
まず、ストレス・プレッシャーに精神的に強靱化し、
その人間を護り抜く屋根材は確実にデザインできると考えています。

*『国土強靭化計画から次段階へはデザイン手法が必要』
*『太陽光発電は相当疑問?・・・』
*『宇宙開発の信頼・安全性工学からデザインが学ぶこと』
*『享保の手帖から私が学び直したこと』
*『一本の松の木が示唆する未来』


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『コンセプトから逃走してほしい・・・』


   


     6月 17th, 2016  Posted 1:00 AM



おそらく20世紀後半に、人間の思考は、
「コンセプト」に呪縛されてきたとようやく指摘できます。
この言葉は側に「概念」という訳語を
日本語解釈には持っています。
しかし、概念とコンセプト、あるいはconceptについて、
自分はデザイナーとして確かに寄りかかっていたことは
自白しておかなければなりません。
そして、デザインを教育する立場では、
まず、「概念」と「観念」についても、無論、哲学用語からも、
さらには「概念」と「観念」の間にconcept=コンセプトを置いた講義、
それだけでは自分自身が「コンセプト」のまともなあるいは正当な
その定義を確実に伝えたという経験はありません。
もっとも「コンセプト」を多用しているそれこそ、企業の開発、
あるいは大学での研究などにおいても、
「コンセプト学」などは皆無と断言していいでしょう。
したがって、自分が「コンセプト」とは何か?という説明では、
「端的に一言で言い切ってしまえる印象」ということが
的を得ていると一応思ってきました。
でも、これすら自分のデザイン活動の中で大きな疑念がありました。
特に大学人になってから、それこそ一流の学者たちが、
日常的に多用している「コンセプト」ということになると、
この疑念は明白に、思考的、哲学的、科学的な
「大間違い」であると言い切れるようになりました。
例えば、
黒というコンセプトと白というコンセプトと言い切った場合、
「コンセプト」で語られた白であれ、黒であれ、
印象の曖昧さしか残っていないということです。
断言すれば、黒は全てを飲み込み、いや包含していて、
白は反射して、概念でも観念でもありえない事実でしかありません。
かねてより、「観自在」に委ねられた人間の発想・着想、そして思考には
もっと連綿とした対立や対比が「ライン」で連続しているのです。
「コンセプト」を早く捨てることを推奨します。

*『空間へのdolly的な隠喩性という手法』
*『デザインのようなデザインという大誤解の現実がある』
*『造形デザインがレジリエンスデザインを具体化解答』
*『照明の文化論としての陰翳礼讃』
*『「パラシリエンスデザイン」でのプライミング効果予測』


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