kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘一般言語学講義’


「BMW i8が実現し始めた新たな造形言語と形態言語」


   


     12月 2nd, 2012  Posted 12:02 AM

造形言語と形態言語は、
ソシュールの「一般言語学講義」をテキストにして、
デザインが果たす言語=形態への適応と応用を私は試みています。
そして、私自身が現在、
造形言語と形態言語を製品開発の実例から見いだそうとすると、
正直、造形言語 – 形態言語の構造を持っているモノは、
ほとんど国内メーカーには不在であることが無念でなりません。
「ミッション・インポッシブル」にBMWの車が登場します。
映画ゆえ、それはコンセプト・カーと言ってもいいほど、
まさに「カッコいい車」が登場するわけです。
ところが、この車は2014年に発売されることになってしまいました。
無論、いくつかのスペック・ダウンというか、
アドバンス的なことは実現されないかもしれません。
しかし、このプロモーション・CFを見ていると、
ここまでの車がとうとう世の中に存在する時代になってしまった。
私は感激し、感動してしまいます。
車、それは「移動の手段としてのツール・マシン」でした。
しかし、21世紀を方向付ける情報ツールであり、メディアであり、
しかもこれこそ「電気自動車!」という
言語性を持って登場してきたわけです。
私の「製品記号論」講義の事例・実例として紹介し、
まさに言語=形態を「読み取ってほしい」のです。
たとえば、プロモーションCFですら、一つのドラマであり、
ドライバーの運転、すなわち制御性能は、
「情報操作性能」とそのマン・マシン系はやはり、20世紀に終焉して。
ほら、21世紀は、メディアツールというモードは、
これだけのコードとのインタラクションなんだよ、
とBMWは発明しているのです。
「ミッション・インポッシブル」が、
ひょっとするとあの「007」を超えるストリー性と
登場するガジェットの様々さを超えたかも知れません。
そんな印象があっただけに、
BMW i8 はメディアとしての車であり、
情報処理としての運転性能の技術表現内容を
デザインは造形言語の意図性は見事です。
そして、デザインされたこと、意味されている形態言語には、
21世紀は、電気自動車ゆえ、
「移動手段=目的地に着く」という以上のことを恣意しています。
すなわち、ソシュールにもどれば、造形言語が意味することと、
形態言語が意味していることの「恣意性」を
技術進化をデザインが果たしていることは明白だということです。


目次を見る

「言語系は、聞くことと見ること・その相対論」


   


     11月 29th, 2012  Posted 12:00 AM

新たなモノづくりとは、
「ことば」と「かたち」の相対論上にあると思っています。
したがって、私が現在、
日本の「モノづくり」は、商品産業経済論から開放されるべきと
主張する図式を掲げておきます。
「ことば」は、
「聞く」こと=音声で概念と意味性を了解することが出来ます。
また、一方では、
「かたち」は、
「見る」こと=形象で概念と意味性を認知することが出来ます。
無論、「ことば」を読み、「かたち」を読むというのは、
「読む」という認識への深度を深めていく理解性です。
だから、ことばもかたちも「読める」能力は、
人間としての理解力の程度を決定していることだと考えます。
そこで、私は、90年前にソシュールが「言語学」を構造主義的に、
あるいは記号論的に語ったことはとても重要なことだと考えます。
なぜなら、彼の著作は無く、
彼の講義録「一般言語学講義」を
テキストにすることを一つの方法だと思ってきました。
その結果が、ラング=辞書的言語・パロール=会話的言語を、
そのまま置換して、デザイン言語論として展開してきました。
それが、造形言語と形態言語です。
日本のモノづくりを商品づくりから製品記号論的に転換を求めています。
この主張はきっと私が職能家・デザイナーとして、
最期にたどり着いた
私の「ことば」と「かたち」の相対論だと断言しておきます。
大阪大学での講義をそのままに、
名古屋工大、そして多摩美大でも
今年最終の講義内容にしたいと思っています。
だから、30日には、
元スタッフや教え子たちにも
多摩美大での講義に参集してもらいたいと願っている次第です。
この相対論を決定づける事例は相当に収集しました。
結果、今、日本の企業が新商品として喧伝しているモノが
いかに産業経済を疲弊させているかも明らかです。
それなら、私のデザイン活動はどうなのかも、
自らの未来づくりの事例としてショーアップすることを約束します。


目次を見る