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Posts Tagged ‘電子メール’


『書き忘れていた手紙に取り組むという癒やし』


   


     11月 2nd, 2013  Posted 12:00 AM

私は手紙を書くことが大好きです。
しかし、ついつい書き留めていることが多くなりましたが、
いっぱい書きました。
高校時代の同級生、日本でも高名で大好きな陶芸家の先生、
デザイン評論家の先生、有名な建築家の先生はじめ、
同輩である伝統工芸の打刃物作家
それれぞれに書き終わることができました。
手紙を書くことでは、亡父には本当に感謝しています。
それは小さい頃から、毛筆と万年筆はとても訓練されたことです。
ともかく美しい文字を書くことでは、たびたび叱られましたが、
正直、私が自慢自負できる特技の一つだと思っています。
万年筆もどれで書こうかと迷うほどコレクションがあります。
便せんも選び抜いた用紙を使っています。
それだけに自分は「文字」「筆記能力」には強く拘っています。
だから、本当ならなるべく電子メールは辞めたいと思うほどです。
手紙用の印鑑にも拘っています。
まだ書かなければいけない人たちがいますが、
今回もこのブログに「手紙書き」の心地よさにつつまれたので、
写真を撮り、こうしてブログにもしておきました。
その大きな理由は、「手紙」というメディアに自分を残すことは、
あらためて自分にとって重要なことだと再確信したのです。
万年筆と用紙と、それぞれの相手への「ことば」を
まったくの「自分流」にすることができることです。
この感覚はとても大事だと思うのです。
父が生きていた頃は、海外に飛ぶときには、必ず、私は、
乗った飛行機の便せんをもらって、父に手紙を書きました。
それはおまじないでした。
万一、海外にいても父には何事も無いようにという願いでした。
そして、帰国すると、父は手紙文字の批評をくれました。
そんなことを想いつつ手紙を書くことで充分に癒やされました。


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「記号はNetworkとServerと私たちのimageに存在する」


   


     11月 25th, 2012  Posted 12:00 AM

三つ目の波が「情報革命」でした。
その革命によって、
「情報化」・「情報」はNetworkによって繋がっています。
もっとも具体的なNetworkは、「インターネット」であり、
それはwww-server、
あるいはName Domain Systemとして地球に覆い被さっています。
1970年代から、今日の情報社会までの急激な変貌は、
私たちの意識まで変えてしまいました。
結果が、端的に
「情報=知識・意識・諜報・案内」というコンテンツとして、
私たちはもう一つのコミュニケーション方法として手に入れてきました。
しかし、功罪相半ばを認めておかなければなりません。
おそらく、世界中の人が毎日、
電子メールを読み、インターネットにアクセスしています。
「ユビキタス」時代は、すでに「クラウド」時代に突入しています。
そして、その基盤であるデジタル処理が、
Serverによって、管理と運営と維持されています。
私はその基本程度は常識として知っておいてほしいと思っています。
数年前に私はコンピューター企業の代表的企業後援の講演で
「コンピューターが消える日」を通告したことがあります。
その時以来、よく質問をします。
「サーバーって何種類あるのだろうか?」、と。
大学院生ですら知りません。
すでに彼らは幼少の頃にはもう日常生活にパソコンは存在していたのです。
私が、ここに掲げているサーバーには、それぞれの役割があります。
せめて、その役割程度は常識にしておいてほしいと思っています。
なぜならば、
私がこのところ
「記号」・「記号化」・「記号学」・「記号論」を持ち出しているのも、
実際は、自分をパソコン能力に喩えれば、
自分の脳内にこの五つのサーバーが、
その人の能力そのままのスピードとメモリーで構成されているからです。
「頭の回転が速い」とか、「知識の箪笥引き出しが多い」というのは、
まさにサーバーになぞらえることが可能です。
それは、あなた自身のイメージのサーバーも、
この五つに必ず分類することができるでしょう。
なぜなら、私たちが共有しようというイメージが「記号」であり、
その「記号」の存在野=存在装置がサーバーだと言ってもいいからです。


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『資本主義からの逃走』
 「サーバーとクライアントの相補性が、
         ATOM社会から離脱する道筋」


   


     2月 6th, 2010  Posted 12:30 AM

sendmail by Paul Vixie

私たちが電子メールができるのは、
sendmailがPaul Vixieによって書かれたからです。
sendmail of Eric Allman

というより、Eric Allmanとの関係も知りおくべきかもしれません。
こうした人物の存在はほとんど忘れられています。
BINDというコンセプトに、
サーバーとクライアントの関係が語られました
しかし、それは相補性です。

相互性=インターラクションとは異なっています。
サーバー・クライアント=主従相補性は、
資本主義での主従関係論に近似していますが、
サーバーには五つの分類ができます。

BIND
Cache Server
Remote(Master) Server
Slave Server
Primary Server
Secondary Server

この統合化されたものがName Serverだと思います。
そしてこれらがOSにのって作動制御される時代は、
まさに、資本主義の主従関係=支配と搾取を、
一変する隠喩性が生まれてきたと考えるべきでしょう。
私は、サーバーとクライアントというネットワークを、
逆読みしていけば、ひょっとすると、
とんでもなく、経済学者が解明できなかった、
それこそ2進法的=binaryな経済学を示唆している、
とすら私は想像しています。
あるいは、資本主義を超越あるいは破壊するほど、
内在しているパワーがあるとも予想しているのです。
それは、サーバーを5分類して、
それぞれの効能が社会革新のトリガー機能だからです。

OSの融解

ここから、私はOSがこれまで、
産業経済の競合や差別化での利潤対象から「融解」し、
「雲」=クラウドの中に入っていくのでしょうか。
そんな問いかけの中で、もう一度、
コンセプトとしてのサーバーとクライアントを
概念の具現化として、
「形式」と「形態」をデザイン対象化しています。
それはATOM社会がBITSで包囲されて、
離脱していくことの「道筋を設計」しているのです。


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